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鶴岡昭和通りの歴史

鶴岡昭和通りは寿司・居酒屋、スナックやバーなどが軒を連ねている飲み屋街ですが、いつからこのような飲食街になったのでしょうか。昭和と名がつくので、昭和時代に誕生したのかなと想像がつくことでしょう。そこで、鶴岡昭和通りの歴史についてご紹介しましょう。

鶴岡の歴史

鶴岡昭和通りの歴史について語る上で欠かせないのが、鶴岡の歴史です。ざっくりではありますが、鶴岡の歴史について触れてみましょう。

大宝寺城から鶴ヶ岡城へ

鶴岡は旧名を大宝寺または大梵寺と呼ばれ、鎌倉時代初期に大宝寺城が築かれました。戦国時代に入ると源頼朝に仕えていた武藤氏が地頭として入部しますが、関ヶ原の戦い後には最上義光に支配されるようになります。1603年酒田浜に大亀が上がったことから亀ヶ崎城と改称されたことをうけ、大宝寺城を鶴ヶ岡城へと改称されます。一説には「鶴は千年亀は万年」が語源になっているといわれています。

鶴ヶ岡城の大改修

江戸時代に入ると、荘内神社の御祭神の一人である酒井忠勝公が庄内藩の領主として入部されます。簡素な造りだった鶴ヶ岡城を本城として大改修を行い、酒井忠勝、忠当、忠義と三代に渡り約50年という月日がかかっていました。そして明治時代の廃藩までの約250年間酒井家による統治が続き、城下町として発展しました。

鶴岡の町割り

酒井忠勝公による鶴ヶ岡城の大改修と共に行われたのが、現在の鶴岡市中心街の原型となる町割りと呼ばれる町づくりです。今現在の鶴岡銀座通りが「通り丁(とおりちょう)」と呼ばれ、いちばん賑やかなところでした。そこを中心にごばんの目のように道路を作り、14つの町人町を作り各地から商人を誘致、免税の恩恵を与えました。

現在の鶴岡昭和通りを挟んで本町一丁目と昭和町が、町割りされた当時の八間町、五日町、三日町、十日町にあたります。八間町は宿屋、五日町は染屋が多く、三日町と十日町は日をきめて市が立っていました。1696年の記録には鶴岡は約2万弱の人口を誇る城下町だったとあるので、すごく賑わっていたことが想像できるでしょう。

明治時代

明治維新の廃藩置県後、鶴ヶ岡城は取り壊されます。跡地は鶴岡公園として一般に開放され、残っているのは本丸・二の丸の塀の一部と稲荷神社のみとなっています。本丸跡地に荘内神社が造営されたのはこの頃です。

大正時代

大正時代に入ると鉄道が開通し鶴岡駅が開業、そして全国100番目の市になる鶴岡市が誕生します。

昭和初期

昭和4年7月に鶴岡商工会議所が設立されると中元の市、歳の市が開かれ、買い上げ品を即日配達するサービスや連合大売り出しなどの事業を行い、市民から歓迎されるようになります。さらに昭和初期の通り丁にはモダン風の鉄筋コンクリートの旧恵比寿屋小池薬局ビルや2階建て町屋建築の旧イチローヂ商店などが建てられます。

しかし第二次世界大戦に突入すると、建物強制疎開により建物が解体され道路の幅が広くなります。すると現在の鶴岡昭和通りは疎開道路と呼ばれるようになっていったのです。

鶴岡昭和通りの誕生

戦後、疎開通りは道路が舗装され商店街も繁盛し、夜店通り、裏銀座通りなどと呼ばれるようになります。そこで疎開通りの通り名を募集したところ、「昭和通り」が圧倒的多数だったので昭和通りと命名されました。

昭和35年3月正式に「昭和通り」と命名されたことを祝して、夜店小唄が作られました。曲調までは分かりませんが、詞を読む限りお客さんの笑顔を見ながら楽しく商売をしている姿が浮かび上がります。
夜店小唄はこちら

鶴岡昭和通りのお寿司屋

鶴岡昭和通りを歩くと飲食店がよく目に入ります。その中でもなんとなく歴史を感じさせるのがお寿司屋ではないでしょうか。鶴岡昭和通りには、安兵衛寿司、扇寿司、福鮨が店を構えています。海と山の幸に恵まれた鶴岡で、美味しい食材を仕入れ、お客様に料理して提供する。長年歩んできた歴史を感じて味わうことができるのが、お寿司屋ではないでしょうか。

蔵屋敷ルナ

江戸時代、庄内藩主酒井家御用達で有力な造酒屋だった平田家の酒蔵が、鶴岡昭和通りに面する蔵屋敷ルナです。1847年に建てられた酒蔵で、幕末には平田家が鶴岡の経済に大きな影響力を与えていたそうです。そんな歴史ある建物で2020年、庄内の美味しい食べ物を味わいながら触れることができるなんて素敵ではありませんか。

鶴岡にかつてあった映画館

2020年5月鶴岡市唯一の映画館「鶴岡まちなかキネマ」が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で閉館してしまいました。閉館直前の営業日には、ほぼ貸し切り状態で映画鑑賞することができました。しかし昭和40年代には鶴岡市に5つの映画館があり、そのうち3つが昭和町にありました。鶴岡座大劇場、鶴岡座名画劇場、鶴岡中央劇場と称し、子ども向けから成人映画まで放映されていたそうです。

最後に

鶴岡昭和通りの歴史についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。鶴岡昭和通りを調べる上で、どうしても外せないのが鶴ヶ岡城の歴史でした。鶴ヶ岡城とともに鶴岡市街地も一緒に歴史を歩んできたといえるでしょう。

今回、鶴岡市立図書館や郷土資料館、致道ライブラリーへ足を運んで鶴岡の歴史について勉強しました。鶴岡について、新たな発見をすることができ面白かったです。鶴岡公園周辺には歴史的建造物がいくつかあるので観光しながら、鶴岡で美味しい食べ物を味わってみるのもおすすめでしょう。

夜店小唄

作詞 三日町新菊女史

1.今日は夜店だ 夜店の晩だ
 店は山なす 野菜や花や
 通るお客を笑顔が呼ぶよ

2.ついたよついたよ 両側づらり
 丸い街灯 売子の笑顔
 どこも明るい 夜店の街は

3.月の晩でも 小雨の夜でも
 一夜置きでの 夜店が揃う
 日の出を待つ 人出を待つよ

4.山と積んだる 品物捌けて
 胸もふくらみ 身も軽やかに
 笑い語らう 夜店の帰えり

店舗詳細

名称 鶴岡昭和通りの歴史

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